風博士公式サイト - 5THアルバム『home』特集

home

homeジャケット

心に響け、つま弾きポップス第五弾。

一攫千金の夢だけじゃ 手に入れられないものもあるだろう
一杯の珈琲が何よりも 大切なときがあるだろう
やっとみつけたよ home
〜 soundscape #1 (home)より


ご購入は「通信販売」のページからか、各委託先、またはライブ会場でお願いします。
発売日:2011年8月24日
価格:2,300円(税込み)
品番:SUGI-1004
SUGIYAMA RECORDS
杉山観光株式会社

[収録曲]
1.soundscape #1 (home)
2.テーマソング
3.窮々屈
4.弱虫の恋人
5.桜色に染まれ
6.soundscape #2 (庭にて)
7.門前暮らしのあの人は
8.虹をつかむ
9.風に踊る
10.はじまりの歌

[GUEST]
YeYe(vocal)
イガキアキコ(violin、たゆたう)
鴨林克彦(drums,percussion)
永田充(ダルブッカ)
田辺玄(guitar,rythm trucks)
徳本昌哉(contra bass、水瓶)

録音&ミックス 杉山拓(長野市西長野千野邸、京都市イガキ邸)
マスタリング 田辺玄(waterwatercamel)
写真 杉山涼子
写真モデル 鴨林ファミリー
デザイン 杉山拓

『home』販売店

[北海道・東北]

ラムヤート
北海道洞爺湖ラムヤート
石釜パンとギャラリーのお店。「なんにもないから全部がある」ことを教えてくれた場所。
もぐらや
「うきぐも」の熊谷くんが大将を勤める、全品300円の奇跡の居酒屋。生ビールまで300円。

[関東・甲信越]

ニジュヘア
椅子がひとつしかない美容室。丁寧でやさしい。やさしすぎて、説教もしばしば。
channel books
旅とアートをテーマにした長野市の本屋さん。長野地域表現文化の底上げを担うであろう場所。
わじあじあ
外見はまるで秘密基地、中を開けたら雑貨屋さん。二階がカフェになっています。チャイが美味。

[近畿]

ガケ書房
人生を面白くしてくれる本屋さん。いまや京都を代表する書店。
恵文社一乗寺店
生活を豊かにしてくれる本屋さん。ずっと前から京都を代表する書店。

[中国・四国]

ボルゾイレコード
鳥取市音楽文化の発信地。ここにいけば良い音楽が必ず見つかる。
lamp
数多のカウンターに座って来た。けど、ここ以上のカウンターを僕は知らない。一日中でも、座っていたい。

[九州・沖縄]

Cafe Arabica
カフェだけど、実は歴史あるたこ焼きが名物。愛して止まない場所と人。
リベルテ
日田は素晴らしいところだった。それはリベルテがあるから。愛すべき、日本で一番ちいさな映画館。
くるす屋
陶芸教室も併設したカフェ。そして何より、手間を惜しまない、心のこもった料理のあるお店。

『home』発売に際して

 東北地方太平洋沖地震により家族を失った方々、家を失った方々、そして福島原発事故により、家を離れざるを得ない方々に、心から、お見舞い申し上げます。そういった方々で、風博士の『home』を聴いてみたいという方には、差し上げますので、taku.sugiyama@gmail.com までとりあえずメールをください。

 2011年3月11日、僕は朝から実家のある千葉県浦安市に、京都発の高速バスで向かっていた。ちょうどその10日前の3月1日、3年間の旅の締めくくりのイベントを京都で開催し、翌日、旅の道中で出会った女性と入籍した。籍を入れたはいいが、僕たちには住まう家がなかったので、嫁には一旦実家に戻ってもらい、僕も三年間の旅の垢を落とすため、一旦実家に戻って、のんびりしながら次回作を制作する腹であった。

 朝7時に京都駅を発ち、東京駅への到着予定は午後4時であったが、道中、ちょうど首都高のインターに入るくらいで、運転手さんのアナウンスがあった。東北地方で大きな地震があったらしい、詳細は分からないが、このバスが何時に東京駅に到着するのか分からない、とのことだった。結局、バスが東京駅に着いたのは予定を大幅に過ぎて、日付が変わるか変わらないかという頃だった。

 その間になんとか実家に住む妹と連絡を取ることが出来た。浦安の実家には妹夫妻が幼子3人を抱え住んでいた。妹の話では、浦安はライフラインが止まり、家の中はぐちゃぐちゃで、余震も続いているため、近くの小学校に避難しているとのことだった。義理の弟はどうやら帰って来れないようだった。僕はなんとか帰ることが出来そうだったので、歩いて浦安に向かった。避難所に着いたのは午前3時を過ぎた頃だった(旅の荷物とギターを持って避難所に入る様はわれながら滑稽であった)。

 日が経つにつれ、地震被害の現状が明らかになった。とはいっても、避難所生活だったため、分かったのは浦安の被害が思ったよりも深刻であるということだった。僕たちには、3歳の双子の姪と1歳半の甥がいたので、彼らの世話と、とにかく水と食料を確保することで精一杯だった。

 僕の育ったマンションも液状化の被害に襲われていた。ゆるやかで広い中庭の所々に亀裂が走り、いたる所から泥が吹き出していた。地震の後の晴天で泥が乾き、風に飛ばされ粉塵となり、浦安は灰色に濁っていた。妹一家は旦那の実家の東京に避難した。僕は浦安に残り、泥掻きに精を出した。

 幸い、浦安に人的被害は全くなかった。今となれば、あの苦労も生活上の不便というだけであった。東北地方太平洋沿岸の惨状を知ったのは、地震発生からだいぶ経ってからだった。僕だけでなく、直接被災しなかった全てのひとが感じたであろう無力感に、遅ればせながら囚われた。日々、津波の映像を見ては涙した。何もする気が起きず、歌を歌う気にも、ギターを弾く気にもなれなかった。

 それでも日々は流れて行く。表現を生業と定めた僕は、それでも、いや、だからこそ、表現しなければならない。しかし、その葛藤自体を表現するにはあまりに力不足で、ただ惰性的に元々の予定を修正しながらこなすことしかできず、それこそ葛藤の日々であった。

 そんな中、新婚生活が長野ではじまった。葛藤は一旦棚置きしたものの、平穏で愛ある日々に被災地との格差を感じざるを得ず、新たな葛藤を抱え込むことになった。本格的にレコーディングを始めなければならなかったが、その葛藤の前に、僕の創作意欲は萎えてしまっていた。

 このままでは新婚早々おまんまの食い上げだった。どうにかしなければ創作すらできないと感じ、構想上では既に出来ていた作品だったのだが、それまで録音していた曲を全て捨てた。そうしてみて初めて、少しだけ葛藤の泥沼から顔を出すことができた。敬愛する長野のミュージシャンをゲストに招き、長野の歌をつくった。原発事故と甲府の星を観る活動を重ねて、曲を書いた。長野の知人たちを招いて、コーラスに参加してもらった。京都の知己たちと賑やかにレコーディングした。これから始まる旅のテーマソングを書いた。

 結局、作品が形になったのは、予定を2ヶ月ほど過ぎた7月末だった。一曲目には、震災後はじめてギターを掻きならしたときにできた曲のようなものを元にしてつくった歌を収録した。曲、と呼べるような代物ではなかったが、実際に横で嫁が珈琲を淹れてくれている隙をみて録音した。そんなふうにして、今回の作品はできあがった。

 僕が三年間の旅の末に手に入れたものは家庭であり、震災を経て、家庭が紡ぎ出す時間・空間をより一層、愛おしく思うようになった。いま、僕たち夫婦は、住む家を探す旅の途中だ。道中、たくさんの素敵な家庭に出会っている。これからも出会うだろう。今作のタイトルは、『home』以外には考えられない。


2011年8月24日、浦安の実家にて、家族の寝静まった居間で記す
杉山拓